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社畜再考 

「最初はみんな大変だと思うけど、だんだん慣れるから大丈夫だよ(社畜牧場へようこそ!)。」

柔和な表情で語りかける社畜プロ。不安と絶望の最中にあっては、気休めにもならない。そこにあるのは、ただただ、圧倒的な違和感。

「慣れたからなんだ。もうお終いだ。どうしてこうなった。」

しかし、社畜初日に感じたそんな違和感も時が経つにつれて薄れていく。気付くのだ。

「社会に出て働くってこういうことなのね。」

妥協・・・諦念・・・社畜は観念する。理不尽なことばかり、鬱陶しいことばかり、ストレスフルなことばかり。それが毎日、ずっと続く。凡人は、肉体と精神を削りとりながらやっと生きていけるんだな。働いてお金を得るとは、大変なことなのだな。そういえば大昔にそんなようなことを言って説教する人間がいたな・・・。

「これが社畜の普遍的な価値観か。」

社畜は、感覚を鈍らせ、真実を覆い隠す。つらい、苦しい、大変、は通常、禁句である(言いたければ酒を飲めばいい)。肉体と精神を蝕まれ、あふれ出る不平・不満を垂れ流しながらも、生活するために働く姿、それこそ人間らしい。viva!社畜!

社畜のアイデンティティはこうして確立される。真実に触れてはいけない。触れようとすれば、全社畜が命を懸けて潰しに来るからだ。

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